
2011.03.10
二つのドラマツルギー
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そのとき少年の想いは…
今年演出家の和田勉さんがなくなりました。
ワダベンという名前を初めて知ったのは、テレビのバラエティ番組でした。
80年代後半、和田さんは独特の風貌でガハハと笑う変なおじさん的キャラで
タレントとして活躍していました。
演出家としての仕事を知ったのはその後です。
特に気になったNHKドラマのクレジットには必ずといっていいほど
「演出家・和田勉」の文字があったからです。
「阿修羅のごとく」「けものみち」「天城越え」といった名作ドラマに感じた
生々しさ、心理的効果抜群のクローズアップ、感情に強く訴える音楽など、
まさにドラスティックというのにふさわしい演出はものすごく印象的でした。
それとは対象的なのが小津安二郎です(小津のネタばかりですみません)。
小津作品というのはどのシーンを切り取っても絵になると言われるほど
厳格な画面構成を特徴としています。常に静的で端正な画面、ローアングル
による長い固定ショット、バックグラウンドミュージックのような平和で
小市民的な音楽。ドラスティックな演出など微塵も感じられません。
にもかかわらずじわじわとしみ入るように感情に訴えてくる。
と比較すれば表現としてはやっぱり小津だな、なんて思っていたのですが
先日和田さんの追悼番組として再放送されていた「天城越え」を(大谷直子さんの
美しさにドキドキしながら)見ていたら、「ああ、そうか」思ったのです。
これはテレビと映画の違いなんだなと。
映画をみる時というのはたとえDVDを自宅でみるときでも、それなりに集中しよう
という意識がはたらきます。部屋を暗くしようとか、トイレを先に済ませておくとか
画面にむかおうとする意識が高くなる。
それに対してテレビというのはだいたい散漫な環境でみていることが多い。
何かを食べながらとか、携帯のメールを見ながらとか、あるいはこちらが
画面に夢中になっていてもCMが入ったりします。
だからテレビというのは常に視聴者の意識を継続的に画面に向かわせるよう
しむけなければならない。したがってよりドラスティックなドラマツルギーが
作り手には要求される、その違いなのだろうと思ったわけです。
和田勉の演出は、そういう意味でテレビ的ドラマツルギーの最高峰なのだと思います。
今、あの頃の作品に匹敵するテレビドラマがはたしてあるでしょうか。
ドラマツルギーといえばそれはテレビや映画の世界だけではもちろんありません。
「人生は劇場だ、すべての人間は役者である」と言ったのはかのシェークスピア
ですが、人生において誰もが劇団ひとり、役者であり演出家であることを求められます。
人と人とが出会うとき、とりわけ男と女の出会いの場においてほど己のドラマツルギーが
求められる場面はありません。そんなドラマツルギーを誰もが発揮すべき魅惑的な場が
来月クラスカに用意されようとしています。
その名も「王子様フリマ!」
最近ドキドキ、ワクワク感が足りないととお感じになっているそこのあなた!
「フリマ」という一見カジュアルな装いに潜んでいる魅惑的な果実をもぎとって
頂くチャンスです。とはいえ勇気をふりしぼる必要は全くございません。
しょせんフリマです。楽しんでなんぼです。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
Posted by okuma
2011.01.05
ときは変われども教えてくれるのはいつだって
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大和撫子は時代と共に新しくなっていくのか…。
年末年始もついだらしのない時間を過ごしてしまいました。
食べ過ぎ、寝過ぎ、そしてだる過ぎの悪循環。
空腹感を催さないという気持ち悪さ。
飽食の時代のまっただ中に転がっておりました。
こんなときの処方箋は今年も小津安二郎。
昨日観たのは昭和25年(1950)の作品「宗方姉妹」。
日本を代表する名女優、田中絹代演じる古風な価値観に生きる姉と
高峰秀子(つい先日訃報を聞いたばかり。ご冥福をお祈りいたします)
演じる姉とは対照的な戦後派の妹。その二人を通して描かれる時代性と普遍性、
変わりゆくものと変わらないものの物語、とでもいったらいいのでしょうか。
劇中で田中絹代が言う「いつまでも古くならないものが新しいと思うのよ…」
という台詞が有名ですね。
時代背景はともかくいつもながら描かれている世界は極めて日常的で
どこにでもあり、誰が経験しても不思議ではないような出来事。
その通俗的とも言える物語にもかかわらず大事なことがすべて詰まっているのです。
小津映画を観ていると「身近なことにもっと耳をすまし、目を凝らせ。そして
深く感じ、自分でよく考えろ」そう言われているような気がいつもします。
小津映画に浸る時間とは私にとって自分が年を重ねたことを肯定的に捉える
貴重な瞬間なのです。そして人生の悲哀というものを思い知らされる…。
なぜなら若い頃はよくわからなかったから…。
小津は、いや小津安二郎こそが偉大である!と私は断言したい。
ほとんど去年のブログと同じことを書いていますね。
小津映画といえばもうひとつ最近気になって観ているところがあります。
それは映画の中で使われている食器です。
小津映画には色んなシチュエーションで食事のシーンが出てきます。
旧友と酒を酌み交わしながらの小料理屋でのシーン。
同窓会での宴会シーン。家族が集まって食事をするシーンなど様々ですが
よくみると磁器の器が多用されているのに気づかされます。
それが実に品がいいのです!
ろくに料理もしないのに「仕事上」とかこつけてついつい器を買ってしまう
私ですが、普段はもっぱら陶器を愛用しています。
土のうつわがもつ人間臭さや味のようなものが普段着の暮らしにはしっくり
くるわけですが、品良く磁器を使って食事をするというシチュエーションが
これまでになく魅力的に見えるようになりました。
器というのは料理の味や雰囲気だけでなく、人の所作にまで影響することに
気がついたのです。そう、美しい磁器の魅力とはそれを人が前にしたときの
「所作」に対する魅力なのではないかと。
だから磁器の似合う大人になりたいなあと。
そんな調子で小津映画は私に何でも教えてくれるのです。
ところでここからは宣伝ですが、今ギャラリー&ショップ ドーでは
創業130年を迎えた石川県は九谷焼の老舗「上出長右衛門窯 春のさきがけ」展を
16日まで開催しています。会場では九谷の繊細で洒落た磁器がお正月気分のままに
艶やかに並んでおります。今週末の1月9日には、上出長右衛門窯の6代目であり
画家でもあるチャーミングな奇才・上出惠悟さんと人気インテリアスタイリストの
長山智美さんとのトークショー(進行役は私が務めさせて頂きます)も行いますので
お時間のある方はぜひお立寄り頂ければ幸いです。
詳しくはこちらをご覧下さい(ワークショップは既に受付を終了しております)。
http://www.claska.com/news/2010/12/kutani_seal_workshop.html
Posted by okuma
2010.12.29
生物多様性と小粒感
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趣向性の多様化が行き渡ったとき、人々はカリスマを求めるだろう…
ワイドショーを見てたら来年のカレンダー売上げランキングなるものが発表されていました。
女性タレント部門の10位中7人がAKB48のメンバー、しかも1位から5位を独占!
男性タレント部門ではベスト10中5人が韓流スターで1位は2年だか3年連続だか忘れましたが
氷川きよしさんでした。ちなみに今年の人気ベスト10のカレンダーの総販売部数は15万部。
過去最高だったのは宮沢りえちゃんのカレンダーで単独で25万部だったそうです。
秋元康はやっぱり凄いなあとか、オバさんは元気だなとか凡庸な感想を抱きつつ、
それにしてもこの世界を覆っている「小粒感」のようなものに「今」という時代性を
感じてしまいました。この「小粒感」なるものをただ「世の中小さくまとまっちゃって
元気がない」と解釈することもできますがどうもそれだけではないような気がします。
「生物多様性」なる言葉を最近よく耳にしますが、生物多様性とは自然本来の姿です。
それが叫ばれるのは多様性に危機が迫っていると考えられているからなんでしょう。
多様な生物、多様な地球環境等が相互に関係し合ってはじめて一定の平衡が保たれ、
世界が出来上がっている。そんな理解でいいのかわかりませんがまあよしとします。
ここで唐突なようですが生物多様性と「小粒感」の関係についてです。
先ほどのタレントカレンダーの売上げの話に戻ると、例えば誰か突出したカリスマ的
スターに人気が集中するのではなく、同じグループ内のメンバー間で人気が細分化されたり
韓流スターという枠組み(そんな大げさなものではありませんが)の中で人気が分散したり
といったことも、一種の趣向の多様性の現れだといえると思います。
よく考えれば世の中にいろんな人、あんな人もいればこんな人もいるのは当たり前
のはずなのですが、マスコミや世間はトレンドや流行などひとつの大きな像を求め
作り出そうとします。これは結局「市場経済」がそうさせているのだという気がします。
ひとつの大きな流れを作り出し一気にそして効率的に人々の消費を促そうとする、
それが市場経済がもっているのっぴきならない側面なのでしょう。
今、自然は市場経済化(単一化、効率化)し、逆に市場経済は自然化(多様化)
しつつあるという不思議。人知を超えた何かが世界を動かしているのでしょうか。
そんなことをぼんやり考えて今年も間もなく終わりを迎えようとしています。
今年もあっという間に過ぎ去りました。
なかなか思うようにいかないことだらけの日々ですが、学んだことも多く、
わずかでも前進している気分を感じられるのは本当に恵まれたことだと思っています。
同じ方向を向いて進むチームの力というものを実感した一年でもありました。
お店に来て下さったり、話題にしてくれた皆さんに感謝しまた来年も思い切ったことに
色々とチャレンジしていきたいと思っています。
どうか新しい年もギャラリー&ショップ ドーはじめCLASKAを
どうぞよろしくお願い致します。
そして皆様、よい年をお迎え下さい。
Posted by okuma
2010.10.27
Wallpaper* City Guide TOKYO 2011
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Wallpaper* City Guide TOKYO 2011 を手に持って、
海外からのお客さまがCLASKA を訪ねてきてくださいました。
Wallpaper* City Guides present a tightly edited, discreetly packaged list
of the best a location has to offer the design conscious traveller.
という宣言文が書かれておりますが、Wallpaper* City Guide といえば
編集者らが自ら実際に旅をし、ホテルに宿泊したりショップに足を運んだ体験から
彼らの感性に響いたスポットを厳選して紹介するガイドブック。
その2011年 TOKYO 版では、ホテル17選の中でHotel CLASKA 、
ショップ10選の中でCLASKA Gallery & Shop "DO" をご紹介いただいています。
ジェネラルな評価というよりも「ある独自の視点」での編集ではありますが
いずれにせよ、2008年のリニューアルオープン以来、こうして海を越え
「いいネ!」のagree と声援を送っていただけていることはとても有難く、嬉しいものです。
Wallpaper* City Guide には今、iPhone アプリ版もあるそうですよ。
さて、TOKYO ガイドブックといえばCLASKA がお贈りする
「TOKYO BY TOKYO」、こちらも実はまもなくiPhone 版を発表予定。
Wallpaper* City Guide から見たTOKYO。
CLASKA 編、東京の人に聞く東京案内。
ふたつのガイドブックやiPhone 版を見比べながら
東京巡りを楽しまれるのも良いかも知れません。
国内・海外問わず、これからもたくさんの
お客さまのお越しをお待ちしております。
Posted by press
2010.08.11
夢見る装置
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「すべてがある世界」というフィクション…
今日は仕事を早めに切り上げて「ららぽーと横浜」という
ショッピングセンター(以後SC)に行ってきました。
人気の定番消費スポットとして近年話題になることが多いSCですが
基本的に立地は郊外。都内でしかも車のない生活を送っている
私のような人間にはほとんど縁がない場所です。
でも世の中の買い物動向の実体を知るには一応経験しておく必要がある、
お洒落で趣味のいい店に行けばいいってもんじゃない、というわけで
柄にもなく市場調査?を口実にこの目で確かめてみることにしました。
それにしても店があるわあるわ。
おなじみのファストファッションショップや人気のセレクトショップがお出迎え。
都心部ではあまり見たことがないアパレルの店が軒を連ね、その他インテリアや
雑貨ショップ、スポーツブランドショップ、書店、スーパー、ドラッグストア、
映画館、カフェにレストラン、はたまた東急ハンズに学習塾までありました。
デパートと違ってモール状の通路は広々して天井も高く、歩いていても息苦しさがない。
買い物をしなくてもなんとなく豊かになったような気分になるから不思議です。
煌々とした店内照明の明るさはパラダイス感をさらに演出します。
「これがSCという世界か」とおぼろげに体感しつつ、気がついたら複数の買い物袋を下げ、
館内のレストランにひとり座っていました…。
「足りないものがあったらいつでもおっしゃってください」
そんな声が聞こえてきそうなくらいSCにはあらゆるものが揃っています。
都会になければならないはずのものが幻想的な空間の中にすべて詰め込まれている。
それはまるで「都会」というイメージをパッケージ化したコンビニのようです。
でもそれは都会そのものではありません。
一歩建物の外に出たとたん、目の前に現れたのは暗くて寒々しい工業地帯のような風景。
「ああこの寂しさはなんだろう」まるで竜宮城から現実の世界に放り出されたような気分で
ひとり寂しく帰路についたのでした…。
Posted by okuma
2010.07.14
インド、はじめてのおつかい
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絶対矛盾的自己同一…。
先週インドのデリーに行ってきました。
興味はあってもおそらく生涯行くことはないだろう、
そう思っていましたがご縁があったみたいです。
近年BRICsの一角としてその経済成長が話題になることが多いインド
ではありますが、私が見たインドの風景は「濃厚なアジア」以外の
何ものでもありませんでした。
市街の道路は車線などおかまいなしに自動車やバイク、リキシャ
(オート3輪タクシー)、自転車が渾然となり常に渋滞。
人は苛立ちクラクションが鳴り止むことがありません。
昔ながらの商店街は人や牛やヤギや犬でごった返しています。
どこもかしこも人が多く活気はあるものの、暑さと貧困で皆疲れている
ようでもありました。
経済成長を続ける一方、根強く残るカースト、増え続ける人口、社会制度や
インフラ整備の遅れ、この国の未来はそう単純に明るいとは思えませんでした。
それにしてもインドの夏は暑い。木陰や陸橋の下では大勢の人たちが昼間から
横になっていましたが日中の気温は40度超。そりゃ仕事どころの騒ぎではない。
インフラ整備が遅れるのも無理はありません。
一方インドの手工芸品の多さとものづくりのパワーには驚かされました。
他国ではほとんど機械生産されているようなものが今なおフルハンドメイドで
作られていたりします。しかも驚くほど安い。完全に手織りで作られた布の製品が
宿泊したホテルのそばにあったZARAの服よりはるかに安いのだから…。
この矛盾をどう理解したらいいのか一瞬わからなくなりました。
日本ではとかく手仕事や伝統工芸といったものを有り難がり、貴重なものとする
感覚があります。もちろん私自身も手仕事でしか生まれない価値があると信じて
疑いませんが、これは日本人特有の偏見かもしれません。
西欧的視点から見たアジアの手仕事というのは安い労働賃金に裏付けられた安物
という感覚の方がむしろ一般的なんじゃないだろうか、そんな気がしました。
でもこのハンドクラフト大国インドの手仕事パワー、なにか大きな可能性を
秘めているようにも思えます。
旅行前に散々周囲の人に脅かされ、必ず体調を崩すと言われ続けていたせいで
びくびくしながら旅立ったのですが特に体に変調はなく、最後の夜もちょっと
小洒落たインド料理店でおいしいカレーを食べて大満足。で終わるはずだった
その日の深夜、急にお腹が痛くなりその後一睡もできずに部屋のトイレで朝を
迎えることに…。翌日夜に出発する飛行機に乗るまでのあいだ、飲まず食わずで
炎天下のオールドデリーの街を「早く日本に帰りたい」、そうつぶやきながら
まさに夢遊病者のようにさまよっていた私。これぞインドの思い出か…。
でもまた行ってみたいです。
※お知らせです。
今週の土日、17日と18日の15時から、現在ドーで開催中の企画展に関連した
イベントがあります。http://www.claska.com/blog/2010/06/post_384.html
輪島キリモトの桐本泰一さんをお迎えして「うるし」のお話を私、大熊が
お伺いする予定です。お時間のある方はぜひドーに遊びにきてください。
Posted by okuma
2010.04.29
リアリティとリアル
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人は理由がわからないことに直面したとき最も不安を感じる…。
久しぶりに再会した友人と飲んでいた席で、ふと練炭殺人事件の話になりました。
結婚詐欺のような形で複数の独身男性を死に至らしめたという例の事件です。
「なんであんな女に騙されちゃうのか不思議」と私が口にすると友人は
「いや、僕にはよくわかる」と真顔で言うので驚きました。
彼によればもし相手が凄い美人だったらむしろ警戒する、あの容姿だからこそ
リアリティがある、掃除したり料理作ったり健気に世話をしてくれる姿を毎日
見せられ、ある日「実はお金に困っているの」なんて言われたら「こいつを助けて
やれるのはオレしかいない、なんとかしてやろう」ってなるのは自然だよと、まるで
実際に被害にあったかのような口ぶり。「そうなる自信あるなあ」と友人はきっぱり
言い放ちました。ちなみにその友人も私も「今は」独身という部類で……。
練炭詐欺事件で被害者となった人も、他人事としてこのニュースをテレビで見たら
おそらく「なんで騙されるのだろうバカだな」と思ったのではないでしょうか。
「自分なら騙されない」という感覚にリアリティを感じる人がほとんどだったと思います。
でもリアルに騙されてしまったわけです。
話は飛びますが、ミヒャエル・ハネケという映画監督の作品を最近立て続けに観ました。
ハネケの作品はある都市生活者の日常生活を、まるで小津作品のごとく淡々と描きます。
しかしそこに突如としてショッキングで非日常的な出来事が訪れます。
観客は一気に不安と恐怖に陥りますが、映画ではその出来事が起こってしまった明確な
理由や答えらしきものは何も提示されません。よって観客の不安はさらなる持続を
余儀なくされてしまいます(なのでハネケの作品は最近映画を観るとすぐに眠くなって
しまうこの私にでさえ、眠る隙を与えてくれません)。
ただその答えや理由がわからなくて不安という状況は考えてみると実にリアルです。
日常的には大変よくあることです。他人の気持ちなどその最たるものでしょう。
近頃はニュースやワイドショーを見ても犯罪や事件の情報ばかりで辟易しますが、
それに追い打ちをかけるのが司会者やコメンテーターのもっともらしいけど無意味な
「ご意見」です。現代j人はある事象になんらかの名前をつけたり、分類しないとどうも
気が済まない。けれども一度名付けてしまえば安心してそれっきり。リアリティという
可能性さえ検証できれば、リアルという実体はどうでもいい。初めて聞いた言葉の意味を
ネットで調べてはい終わり、はい安心というのと同じことです。
リアリティとリアルは似ているようで全く違います。
前者は可能性でありイメージ、意識の世界。それに対して後者は実体であり経験の世界です。
でも人はリアリティとリアルをいとも簡単に混同します。そして気がつくと大きな過ちを
起こしてしまうことがある。これは多かれ少なかれ誰にでも経験のあることだと思います。
このままではリアリティの世界が肥大化し、リアルを覆いつくしてしまうかもしれません。
だからさあみんな、外に出てもっと体を動かし五感で感じようではないか!
お天気がいいらしいこのゴールデンウィーク、まずは目黒駅からクラスカまで歩いてみては
いかがでしょうか?大好評の「奈良 くるみの木」展もいよいよ5月9日までです。
Posted by okuma