2009.05.06
春のもの思い
携帯をBlackBerryに変えました。
最近テレビなどメディアに触れることから遠ざかっている私は、
ちらっとネットニュースで目にした
「オバマ大統領が使用している。」だとか
「発熱の問題発覚の為、BlackBerry売り止めに。」のような文句から
ひとり想像力をフル稼働させてしまい、
「一国の大統領と同じ携帯が持てるんだからそれはみんな殺到してるんだろうなぁ」
「おっ、売り止めかぁ、それはもうみんな販売再開を今か今かと待ちわびてるんだろうなぁ」
と、思っていました。
4/10に販売が再開されたので、再びみんな殺到しているものと。
私の頭の中ではiPhon並みに巷ではBlackBerry人口が増しているものと。
だから、携帯を変えたその日に会った人に
「日本人でBlackBerry持ってる人見たの初めて。」と言われたとき、
「へっ?」という感じでした。
よくよく聞くと、私が頭の中で描いていた急激に右肩上がりなBlackBerry人口率の
グラフは妄想以外の何ものでもなかったようです。
でも、もちろん私は「オバマさん」だの「BlackBerry、購入者殺到により品薄」といった
コトバに踊らされたわけではなく(後者は明らかに私の想像の産物です)
デザインに惹かれて決めたのです。初期のinfobarを使っていた私は、ちょっと
同じにおいを感じたのです。
おかげさまで、ドーでは「電脳少女」と呼ばれました。
さて、端午の節句ですね。昨日でしたが。
ひとり暮らしの我が家にも、鹿児島から「あくまき」が届きました。
子どもの時からほぼ毎年、この時期は祖母が作ってくれるあくまきを食べて育ちました。
見慣れない人は、一瞬グロテスクでびっくりするかもしれません。
若いお姉さんがたの中には「きゃぁ、山椒魚みたいぃ」と言う人もいるかもしれません。
私は言いません。美味しんです。
届けられたあくまきは、一連の流れをして食すに至ります。
まず表面の竹皮の端を少しだけ細長く裂きます。
煮とけて餅状になったあくまきを扱い易いようにしっかりと手を水でぬらします。
裂いた紐状の竹皮の一方を口にくわえ、棒状のあくまきの端からほどよい厚さのところで
紐をくるっと一周させて一方は口、一方は手で竹皮の紐を引っ張ってあくまきを切り落とします。
きなこ、黒砂糖、少しの塩を合わせたものと絡めて食べます。
先日、朝の時間にこの一連の流れを踏んでいたのですが、ある瞬間このなにげない所作が
美しいなと感じました。口で竹皮をくわえながらだったと思いますが。
別に端から見て、それをやっている自分が美しく見えるとかではなく、
遠い昔から鹿児島の女のひとはそうやって食べ易い方法をあみ出し、道具など使わなくても
そのあくまき本体の中で完結させるミニマムさ。美しいなと。
私の中でなにか疼くものがありました。それは薩摩おごじょとしての誇りかもしれないし、
ドーの大事にしているものに通ずるような気がしたからかもしれません。
そんなある朝、ひとりもの思いのドーおぐらでした。
そういえば竹皮といえばグッドタイミング。
詳しくは改めてドーよりお知らせさせてもらいますのでどうぞお楽しみに。
Posted by ogura
