BLOG BLOG CLASKAから送る日々のメッセージ

2008.11.19

銀杏をめぐる考察

今朝、自宅近所にあるお寺が並ぶ静かな通りを車で走っていると
突然鮮やかに黄葉した大きな銀杏の木が目に飛び込んできました。
あんまりきれいだったので車を降りてしばらく眺めていました。
今日は全国的に寒い一日だったようですが、東京は朝から快晴で
澄みきった青空が一段と銀杏の黄色い葉を印象づけていました。




ボケた写真で全く感動が伝わらないと思いますがこれがその銀杏の木。


予定では東京ビックサイトで開催されているIFFTというインテリア見本市に行くつもり
だったのですが、朝の銀杏のせいで行くのを止めてしまいました。
見本市はむろんモノを売る商売をしている上でのネタ探しであり、市場調査が目的
だったわけですが、あの手この手で「売ろう」としているあまたの商品を観察するよりも、
銀杏に感動した理由を分析した方がむしろ大切なのではないか、少し大げさに言えば
そんな風に感じたのです。


どうしたら売れるのか。理屈で言えば答えは簡単です。皆が欲しいと思うモノやコトを
少し先回りして提供すればいい。じゃあ皆が欲しいと思うモノって何だろう?
それは色んな意味で人々の情緒にうったえるようなモノやコトに決まってる。
今朝見た黄葉した銀杏のように。


情緒は理屈ではありません。五感であり直感であり生理です。理屈すなわち言葉は
いつだって後付けだと思います。もちろん言葉が情緒を喚起することもあります。
そして人々の情緒は時代性=今という時代の気分や趣向性に大きく影響されもします。
近頃はやたらと「コンセプト」なるものがもてはやされています。それは養老先生が
言うように現代社会が脳化している証拠なのでしょう。
これも時代性といえばそうだと思います。


でもコンセプトは所詮言葉であることもまた事実です。まず「気持ちいい」「美しい」
「かわいい」「かっこいい」、今風だと「ヤバい!」と人に直感させること、それが先決
でありいつだって大事なのはそこなんじゃないか、と銀杏の体験を契機にナイーブな私は
一日考察を巡らせたのでした(ホントか?)。




自然の美しさというのはいくら眺めていても飽きるということがありません。

Posted by okuma